東京高等裁判所 平成8年(く)293号 決定 1996年11月22日
少年 D・Y(昭和54.6.2生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、付添人弁護士○○作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
1 処分の著しい不当の主張について
所論は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるというのである(抗告趣意中、少年の要保護性に関する重大な事実誤認の主張も、右主張に帰するものと解される。)。
そこで、検討するに、本件は、少年が、遊び仲間と深夜徘徊中、同人らと共謀の上、少年らを認めて関わり合いをおそれて逃走した当時17歳の少年2名を追いつめた上、同人らに対し、足蹴りをしたり、手拳等で殴打したりするなどの暴行を加え、うち1名に対し約2週間の加療を要する頭部・両肘・両下腿・頸部打撲兼挫創の傷害を、他1名に対し約10日間の通院加療を要する前額部・背部・左前腕打撲擦過症、頸椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせるとともに、その後、被害者らのグループと思われる者たちに遭遇して乱闘騒ぎとなった際、自らの仲間1名が同人らによって拉致されたものと思い込み、仲間を取り戻すためには人質を確保しておく必要があると考え、たまたま近くにいた右被害者のうち1名を目隠しをするなどして自動車に押し込んで逮捕した上、先輩のアパートに同人を連行して閉じ込め、数時間にわたって監禁したという事案であり、その動機、態様等に照らし、悪質な非行といわざるを得ない。本件は、平素の不良交遊の延長線上に発生した事件とはいえ、少年は、終始その現場にいて中心的主導的な役割を果たしたものである。
少年は、以前から不良交遊を続ける中で、その仲間らによる強姦致傷事件にその幇助として関与し、観護措置を経て、平成7年11月14日に保護観察に付された。その後、引越手伝いのアルバイトやクロス張りの仕事をしたが、長続きせず、保護司等の指導に反して、無為徒食の生活に戻り、夜遊び中心の不良交遊を続け、暴走族関係者らとも交遊するうち、本件非行に及んだものであり、その背景にある非行性及び問題点も次第に深刻化してきている。以上の事情のほか、原決定で指摘されているような少年の性格や行動傾向等を併せ考慮すると、少年の要保護性は高いといわざるを得ない。
少年の父母は、少年が小学4年生であった平成元年ころに別居し、平成6年11月に離婚し、父親が親権者となったが、少年は、両親の別居以来、母親のもとで養育されてきた。これまでの経過から明らかなとおり、母親に少年に対する適切な指導を期待することは困難である。ところで、所論は、原決定においては父親の存在が全く検討されていないが、父親には十分に少年を監護する意思及び能力があるのであるから、これを考慮すべきであるという。父親は、これまで母親と少年との生活に対する経済的援助をしてきており、少年に対する監護の意思があることは否定できないけれども、日常、少年と接触する機会がほとんどなく、実際には少年の指導監督を母親に任せているに等しい。少年が前件非行に及んだ後、父親が格別の指導をした形跡はなく、本件審判に際しても、父親は、母親から前件非行後の状況や本件非行の概要等を知らされながら、審判期日までに今後の指導方法等について具体的な提示をすることができなかったものであり、父親に右のとおり要保護性の高い少年を監護する能力はほとんどないものと認められ、このことは、所論のいうように父親が少年を引き取って同居するという事態を考えても、基本的に変わるものではない。したがって、所論のように父親の存在を考慮しても、少年の要保護性は家庭の監護能力を超えているものと判断される。
以上によると、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は、まことにやむを得ないものであり、これが著しく不当であるとはいえない。論旨は、理由がない。
2 法令違反の主張について
所論は、要するに、少年の保護者である父親に対する適式な呼出手続が行われず、審判期日に出席できない状態で審判が行われたものであるから、本件の審判手続は少年審判規則25条2項、30条に違反し、かつ、これが決定に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
そこで、検討するに、父親は、少年の親権者であるからその保護者に当たることは明らかであるところ、原審の父親に対する審判期日呼出状は、審判期日の翌日に送達され(ただし、所論によると、右呼出状の不在配達通知は、審判期日の2日前ころに父親が受け取ったという。)、父親は審判期日に出席していない。しかしながら、上記のとおり、母親が少年を監護していたのであるから、母親もまた保護者であり、母親に対しては審判期日の呼出しが口頭で行われて、審判期日に母親が出席し、保護者として意見陳述等をしている。以上のように、2人いる保護者のうら、実際に少年の監護に当たっている母親に対する審判期日への呼出手続が行われている以上、仮に親権者である父親に対する審判期日呼出手続に瑕疵があったとしても、本件審判手続が少年審判規則25条2項、30条に違反するものではない。
のみならず、母親に対する本件の調査が行われた際、母親に対し、審判期日を父親に知らせるように依頼がされ、母親は、審判期日前に父親と会って審判期日を知らせたが、父親からその日はあいにく大阪への出張があって審判期日に出席できないかもしれないと言われて、その旨家庭裁判所調査官に連絡しており、その後、審判期日においても、父親は都合がつかず出席できなかった旨述べていたのである。このような事実関係に照らすと、父親に対してもあらかじめ母親を通じて審判期日の連絡がされていたものであって、審判期日の呼出しが相当な方法によりされていたものとみて差し支えないというべきであるから、本件審判手続に少年審判規則25条2項、30条違反はない。
したがって、いずれの点からしても、論旨は理由がない。
3 結論
よって、少年法33条1項、少年審判規則50条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 坂井満 佐藤公美)
〔参考1〕抗告申立書
抗告申立書
千葉家庭裁判所平成8年(少)第2400号傷害、逮捕監禁保護事件
少年D・Y
上記少年に対する頭書事件につき、以下のとおり抗告を申し立てる。
平成8年10月18日
附添人弁護士○○
東京高等裁判所 御中
抗告の趣旨
原決定を取り消し、本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。
抗告の理由
原審の少年に対する中等少年院送致決定には、以下のとおり少年の要保護性の基礎事実に重大な事実誤認があり、ひいては著しく不当な処分であるうえ、法令にも違反しており、これらが決定に影響を及ぼすことは明らかである。
第1 少年の要保護性の基礎事実に関する重大な事実誤認ひいては著しく不当な処分
1 原決定は、「これまでの経過等に照らして、現時点においては少年に対する家庭の指導力に期待するのは困難な状況にある」こと等を考慮して検討すると「少年に対しては、もはや自律的な改善に期待する社会内での処遇は限界状態にあるものと言わざるを得ない」と判断している。原決定は「少年の家庭は、現に監護を行う事実上の保護者である母と二人の母子家庭である」としているから、ここにいう「家庭の指導力」とは具体的には少年の母の指導力だけを指していることが分脈上明らかであるが、少年に対する指導力発揮を母にしか期待しなかったことが、少年の要保護性の基礎事実に関する原審の判断を誤謬に導いた根本原因である。
2 原審は、何ゆえ少年の「父の指導力」というものに目を向けなかったのであろうか。
少年の父母が原決定指摘のとおり別居を経て協議離婚したこと、及び少年が父母の別居時から母に引き取られ今日に至ったことは事実であるが、これらの事実は、少年とその父が父母の別居以来没交渉であることを意味するものではない。
少年の父は、母との別居以来今日まで東京都江戸川区○○の賃貸マンションに居住しており、都内中央区○○所在の会社に勤務するサラリーマンである。そして、父が居住する江戸川区○○と少年及びその母が居住していた千葉県市川市○○は、○○線で2駅の指呼の間にすぎない。現に少年とその父は、両親の別居以来、時に学費・生活費等を父からもらうため、あるいは時に食事を共にする等して、毎年少なくとも数回は面会してきているし、少年が平成7年に強姦致傷幇助事件を犯した際には、父は数回少年に面接に赴いている。なお付言すれば、離婚したとはいえ父母間も決して没交渉というわけではなく、母は離婚後も独身かつ一人暮らしの父の身辺の世話を定期的に行っている。そして、少年の不良仲間との交遊、怠学、非行といった原審が指摘するような問題行動を、母はことあるごとに父に報告し、父はそれに対し助言を与えるなどしていた。それが功を奏しなかったことは遺憾であるが、もし原審が、父が少年の親権者でありながら母が少年を引き取ったとの一事をもって、父には少年を監護教育する意志も能力もないと判断したのだとすれば、看過し難い事実誤認と言わざるを得ない。
3 少年の父は現在は前記のとおり賃貸マンションで一人暮らしをしているが、このたびの傷害、逮捕監禁保護事件及び原決定の内容を知るに及び、もはや少年を母の家庭におくことは不適切と判断した。そこで、このたびの事件を契機に少年を自身が引き取ることを少年の母に提案し、同人の賛同を得た(少年の母は少年がもはや自分の手には負えないことを自覚しているので、もとよりこのことに異存はない。)。ただ少年の父の現住所が本件各犯行現場及び関係者の住所から近いことが障害となり得るかもしれないが、その点は次のとおり転居という形での解決が可能である。すなわち、東京都新宿区○○×丁目で一人暮らしをしていた少年の父の実母(少年の祖母)が本年7月に他界したため、同所に所在する同人所有の自宅等及びその敷地の各共有持分を、少年の父を含む3人の相続人が共同相続し、かつこの自宅は空家となった。幸い少年の父を除く残り2人の相続人はいずれも現在新潟に居住しているため、この自宅及び敷地は少年の父が単独相続することで他の相続人の了解をとりつけ、かつ相続税は物納ではなく敢えて延納の手続をとるよう税理士に依頼して、この自宅及び敷地を手元に確保した。この物件は、開業医だった少年の父の父(少年の祖父、故人)がかつて自宅及び病院として使用していたもので、自宅用ではない建物は現在第三者に賃貸中であるが、自宅に改修工事を施せば、少年専用の部屋を準備することも可能である。
4 なるほど少年にとっては従来の父は母ほど親密な存在ではなかったであろうことは、附添人にも容易に想像できる。しかし、附添人が少年の父に面会し少年に対する思いのたけを存分に語ってもらったところ、昨今では稀有なほどの峻厳な人物であると附添人は判断した。もしこの父が少年を引き取り監護教育するならば、少年にとってはいささかけむたい存在となるかもしれないが、母とは違い「保護者の少年に対する指導が、結果的に少年の甘えやわがままといった自分本位な傾向を助長させ」るようなことはないと附添人は考える。いずれにせよ、上記のとおり少年を父の家庭におくという形での社会内処遇が考えられないではないにもかかわらず、保護観察所が処遇上の意見として「少年院(長期)相当。(中略)実母が本人をかばうのに甘え、再犯についての反省の色は全くない。犯罪をした以上実母がかばってもかばいきれないことがあるということを身をもって体験させる必要がある。(後略)」と述べ、かつ原審もまた漫然とこの意見に依拠し「少年に対しては、もはや自律的な改善に期待する社会内での処遇は限界状態にある」と判断し中等少年院送致の決定を下したのであるから、父親の援助という社会内処遇の可能性を十分に見極めていないことは明白である。
5 附添人がとりわけ強調したいのは、原審において少年の父の存在というものが検討された形跡が全く窺われないことである。
両親が別居し母が少年を引き取った平成元年当時は少年は小学校4年生だったため、少年を親権者ではない母が引き取ることは、両親が相談のうえ決定したことである。しかし、父はだからといって親権者としての監護教育の義務をないがしろしたわけではないことは、上記のとおりである。もとより、父と母の少年に対する愛情の発現形態は異なるから、少年が父母の不仲や父の厳格な人柄等のため、母を心地よい存在として、逆に父を近寄り難い存在として認識し、その結果父子間が自ずと疎遠になったとしても、それ自体は別段奇異なことではない。また附添人が小田原少年院において少年と面接し聴取した際にも、少年は「父とは長く疎遠だったため、一抹の近寄り難さのようなものはたしかに感じるが、学費・生活費等の面倒をずっとみてもらったし、今回を含め自分が問題を起こすたびに迷惑をかけてきた。申し訳ないという気持ちはあっても、このたびの家裁審判に父が来てくれなかったことを恨みに思うことはないし、自分が社会に復帰後父に引き取られることにも異存はない。もしそうなれば、父とはうまくやっていくよう努力したい。」旨を附添人に述べた。
他方少年の父にも、17歳になるまで少年の指導監督を母親に委ね続けてきたことに対する悔恨の思いがある。父が前記のとおり相続税をわざわざ(経済的には不利な)延納にしてまで相続物件を手元に残そうとしたのは、ひとえに少年の引取場所を確保するため、すなわち少年に対する父親らしい愛情の発露と理解するのが自然ではないか、と附添人は考える。
父子間がこのように決して悪くない関係にあるにもかかわらず、このあたりの事情が原審では全く考慮されなかったようである。少年を父の家庭に移しかつ地元の先輩等不良交遊関係者から隔絶した環境におくことで社会内処遇を施すことができないものか、少年院に送致し「施設帰り」の烙印を少年に押してしまう前に、いま一度検討してみるべきである。
6 「非行臨床では、父親を処遇場面に参加させサポートすることにより、子供の社会化を促し、権威の象徴である父親の機能性を回復させることが、他の心理臨床にも増して、社会的逸脱行動である非行の抑止のために重要である」(生島浩「非行少年への対応と援助」107頁(1993))。附添人は、原決定後に選任されたために時間的な余裕がなく、十分なはたらきかけは困難であったが、それでも父親を処遇場面に参加させられないものかと考え、葛藤関係にある母親を介さず直接父親にはたらきかける方法をとったところ、多忙かつ無関心かと思われた父親が前記のとおり意外に子供思いであることが判明した。家族の負因に目を奪われ「家庭環境が悪い、親の監護能力に期待できない」と安易に判断することは容易であるが、同じ非行を犯しても家庭環境が不良な少年だけが施設収容という重い処分を受けがちな現実をも踏まえると、「家庭環境の良否」の判断は慎重に行うべきであるし、本件においては原審では少年の母だけがどうやら保護者として扱われたようであるが、父もまた少年法2条2項にいう「保護者」に該当することは明白であるから、家裁審判に父をも関与させ同人の家庭環境をも調査し考慮するのでなければ、真に「少年に対する家庭の指導力に期待するのは困難な状況にある」か否かの判断はできないはずである。
7 最後に、少年の保護者の監護能力について、別居中とはいえ家族と交通のある父親が少年を引き取り就職させる等の矯正に努力する決意をしているのに、原審が父親の監護能力の調査を全くせず、母親の監護能力のみを判断して監護能力なしと認定したことは「要保護性の基礎事実に重大な事実誤認があり、ひいては原審処分が著しく不当であると断ぜざるを得ない」と判示した決定例(大阪高決昭和52年7月28日家裁月報30巻5号138頁)があることを指摘しておきたい。
第2 法令の違反
保護者である少年の父は、平成8年10月4日の審判期日に呼出しは受けたものの、少年の父が呼出状在中郵便物の不在配達通知を受け取ったのは同月2日ころ、呼出状を現実に受領したのは審判期日の翌日であり、これでは職場で営業課長の要職にある同人が審判に立ち会うことも、また意見を述べることも事実上できない。ゆえに、原審審判は少年審判規則25条2項及び30条に違反しており、これが決定に影響を及ぼすことは、前記のとおり明らかである。
〔参考2〕原審(千葉家 平8(少)2400号 平8.10.4決定)<省略>